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海の向こうからやって来た、季節の行事は多々あれど。
降誕祭より感謝祭よりも前の 秋と冬との境目、
11月の頭に聖人らが祝福の下で一時復活するどさくさに紛れ、
亡者が冥府からはみ出して現世に現れるのを追い返さんとして、
もしくは “人間じゃないよ、お仲間の魔物だよ”と誤魔化すためか、
それはおどろおどろしい怪物に扮して一晩中起きている祭事。
其れを差して “ハロウィン”というそうで。
前の章でも述べましたが、キリスト教の…という祭事ではなく、
もっとずっと古い民族の習わしがもとになっており。
アメリカでの盛り上がりを輸入した興行系の宣伝とホラーブームが相まったそれ、
何年も掛けて布教して来たものが最近いきなり大流行。
相変わらず根幹部分の詳細は判らぬままながらも、夜更かし出来る祭りは大歓迎とする層にバカ受けし。
浮世の憂さを晴らすの兼ねてか、
コスプレによる変身願望背負って繰り出す若い衆が繁華街ではしゃぐ姿が
この時期の日之本の風物詩となりつつあり。
土着の習俗だってこととか
子供たちが「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」とご近所の家々を回るなんてのは
もーりんが生まれ育った土地にあった “地蔵盆”みたいだなぁと思ったもんです。
ちなみに、もっと昔、平安の昔から日本にも似たような習わしがあったのをご存知か。
復活の亡者を迎え撃つとか、そういう勇ましい目的からではなく、
自身の身を守るという大義のために、大騒ぎしてでも一晩中起きて過ごすという習わしがある。
「庚申待ち (こうじんまち)」といい、
庚申(かのえさる)の日の夜、眠らず夜を明かすために、宴などの催しごとを行うもので。
この夜は、眠ると腹の中にいる三尸虫(さんしちゅう)が天にのぼり、
宿主の罪を一切合切天帝に告げる…という道教の教えが元ネタで。
その身にひそむ三尸虫は主人が眠らなければ出てゆけないので、
後ろめたい何かという覚えはなくとも
余計なことを告げ口されぬよう、人々は明かりを煌々と灯して徹夜して過ごしたそうな。
まま、そんな悠長なことが出来たのも、そんな余計な知識があったのも、
貴族や殿上人といった上つ方の方々だけだったんでしょうし、
そういう習わしなのだなんてのも、宴を催すための大義名分じゃなかったのかな?
閑話休題。(それはさておき)
前倒しのクリスマスのように 気の早いイルミネーションもそこここに飾られ、
夜っぴいてにぎやかな晩となろう市街を、
一般人の嵌め外しだけで済めばいいが 万が一にも異能者が何やら騒動起こしてはまずかろと。
そっち方面の緊急事態へ速攻で駆け付けられるよう、
陰ながら警邏するという極秘任務に就くべく繰り出したはずの武装探偵社の皆様だったのだけれども。
指定されていた警邏の範囲は相当広く、しかもヨコハマ界隈といや結構 名の知れた都会でもあるがため、
港寄りの乗換駅の周辺なんぞ、
社屋最寄りの駅前や大通りなどとは比べ物にならない人出と賑やかさ。
バスやタクシーの停留所のはずなロータリーも
もはや勝手に歩行者天国状態になっており、物凄い人込みで溢れ返っている有り様だ。
しかも若い人ほど、何だかおどろおどろしいのから只のコスプレまでと、
色々と趣向を凝らしたいでたちの人ばかりが行き交うテーマパーク状態。
これでもここ数年のブームで増えてた途轍もなさに比すれば
帝都ほど都心という土地でもなし、控えめな方だというから、
日本人ってノリが良すぎだよと呆れつつ、
「よーし、じゃあ即興コスプレ、エイッ!」
ンッと両目をつむってやや力むと、
銀色がかった白い髪の乗ったその頭には一対の虎耳、
腰からはシャツの裾を押しのけて白地に黒い縞の長い尻尾がポンと現れたvv
丁度 周囲は色々な仮装でそぞろ歩いている人ばかりなため、
こんなの猫耳のカチューシャとアクセサリだろうと思われるのが関の山だろうしと思っての手品もどき、
異能だなんてわざわざ言う必要もなかろとやって見せたのであり。
それを始まりから見てのこと、やっとのこと泣き止みかかってた幼女が、
一瞬ポカンとしてから、ふわり笑ってそりゃあ明るくキャッキャとはしゃいだので。
はぁあと眉を下げ、ほっと安堵の吐息をこぼしたのは誰あろう、
「敦じゃねぇか、何だ?猫のコスプレか?」
「コスプレ…とは言いましたが、えぇえ?」
代わりにご紹介くださってありがとうございます。
気の早いイルミネーションに彩られている大通りから 少し外れた運河沿いの遊歩道の一角、
一緒に来たのだろう保護者とはぐれでもしたものか、
迷子になっちゃって一人泣いてたらしい、
チュールのミディスカートも愛らしいシンデレラもどきな幼女をあやしていたのは、
武装探偵社の新米社員、中島敦くんで。
虎の異能をその身へ下ろせる、彼もまた頼もしき異能力者なのだが、
突然虎の耳が生えた手品を見つつ、驚くよりも微笑ましいねぇと評してだろう、
それへと気さくにお声掛けしてくださったのって誰かいなと虎の少年が振り返れば、
くつくつと笑いつつ自分たちを見やっている男性が約一名、
やはりかなり華やかな仮装をまとって、ポプラの街路樹の根方に立っておいでであり。
その存在感たるや、
周囲の雑踏のサイケな様相もただの背景に塗りつぶすほどの鮮やかさ。
うわわぁと虎の少年の表情が弾けたのも無理はなく、
「カッコいいです、中也さんっ!
それって“不思議の国のアリス”のお茶会の帽子屋ですよねvv」
鏡花ちゃんにアリスの仮装をと女性陣が選んだのだが、
絵本を取り寄せ “ほら、こんななんだよ?”と見せた中には他の登場人物も多数いて。
舶来のそれ、そりゃあ鮮やかな挿絵を一緒に眺めた敦も帽子屋の拵えを覚えていたらしい。
ちょいと舞台衣装ぽい派手さもちりばめられた、それでもフォーマル仕様のいでたち。
チョークストライプのズボンに、燕尾服みたいに裾が長いクラシック調のフロックコート、
切り替えの入ったベストにちょっと華やかなフリル使いのブラウスを合わせた、
マッドハッターこと、気ちがい帽子屋のコスチュームなのだろう仮装をまとう、
ポートマフィアの五大幹部、中原中也さんではありませんか。
日頃からもフォーマルぽい黒スーツに帽子という格好だが、
今日はこの場の空気に合わせてか、
スカーフ止めやらカフスやらキラキラしたアクセサリも付けているし、
帽子の方も大振りの羽飾りがついた山高帽で。
並の人間がこんな格好しておれば、
いくらハロウィンの晩でも派手が過ぎ、
“居酒屋の宣伝か?”なんて言われて浮くこと請け合いだったろに。
帽子に収まり切らずに覗く、ちょいとワイルドな赤いくせっ毛もいや映える、
青い宝珠のような双眸の据わる目許も涼しく、鼻梁もすっきり、
頬やおとがいは女性でもこうまでなめらかなラインですべらかな人は珍しかろう整いようで。
表情豊かな口許も、知性と品の良さに引き締まっており、小粋な笑みがよく似合う。
四肢のしなやかな引き締まりようや、ちょっとした動作の冴えと相まって、
近づいちゃあいけない やんごとなき方面のお人か 俳優さんかと見まごう麗しさ。
ほんのちょっぴり鋭に冴えた風貌なので、人によっては怖く感じそうでもあったが、
にっこり笑うと懐の深さが滲み出す暖かさがたたえられ。
惚れているからという贔屓目なんて抜きに、
あああ今日もいい男っぷりだなぁと思うあまり、敦少年、ついついお顔がほころんでいる。
こっち向いてない方がじっと眺めていられるけれど、
ンン?と視線に気づいて、目顔で“どうした?”なんて訊いてくれると
胸の奥の方で何かが、やわく、でもツンと痛いめにつねられるのが甘切ない。
勿論のこと、独りよがりの贔屓目なんかじゃあなくて、
現に迷子のお嬢ちゃんもわぁとお口をまん丸く開けて見惚れ、
そんな彼から どうぞと手渡された棒付きのキャンディーをおずおず受け取り、
そこで照れたか、すぐ傍にひざを折って屈んでいた敦の後ろへ隠れてしまったほど。
美丈夫さんを前に照れてしまうなんて、ああ女の子だなぁなんてほっこりしておれば、
「そこのマッドハッター、病院抜け出しちゃあいかんじゃないか。」
またぞろ別な男性のお声が割り込んできて、
それへと、やはり素早く反応したのが中也さん。
「あぁあ"?」
此処までの紳士的な振る舞いがあっという間に雲散霧消し、
せっかくの美貌が恐持てへと歪んで、お返事の最後の“あ”にはやや濁ったアクセントつき。
嫌がらせの茶々入れだと判っていての応時を返す呼吸も相変わらずで、
敦もまたやや脱力したのは、その新しい声の主にも用があった身だったから。
いやに見栄えのいい面々のやり取りへ、
何とはなく彼らを見世物とでも把握したか、周辺に野次馬っぽい人垣の環が出来てないか?と感じつつ、
「…抜け出したってのは太宰さんも一緒でしょう。」
お耳や尻尾が見えやすいようにと、脱いでた上着も小脇に抱え、
膝をついて座り込んでたところ、やっとのこと立ち上がりつつそうと言って敦が見やった方には、
いかにも医療関係者といういでたち、
淡いめの緑の割烹着、もとえスモックタイプの白衣とズボンというセットアップに
ご丁寧にもゴム手袋と術式帽という、
いわゆる術衣姿の長身のイケメンが立っている。
大きな病院の待ち合いでもあるまいし、コントみたいな邂逅だが、
ハロウィンの晩だこういう突拍子もない恰好の人も特に珍しくはないというところか。
しかもその上、
大きめの手術用マスクをしていて目許しか見えないのに
はっとするほどイケメンという離れ技をやらかせる人は…案外いるかも知れないが、(笑)
暑い暑いと帽子とマスクを外した途端、周囲から黄色い声が上がったのだから推して知るべし。
そちらさんもまた、俳優かモデルかと見まごう端正な面差しの美丈夫さんで、
お顔のパーツがちょっと絶妙な配置だってだけじゃあなく、
深みのある色合いの知性あふるる双眸と
表情豊かな口許とを柔らかくたわめて笑ったりすれば、
何とも言えない甘い雰囲気がしとどにあふれる
色香たっぷりの印象的な二枚目だから始末に終えぬ。
すらりとした長身で、武骨じゃあないがそれでも若々しい精悍さを持ち。
鼻先まで伸ばされた鬱陶しいはずの蓬髪も、
翳りある謎めきがそこはかとなく匂い立つばかりと映るらしくって、
どこか高貴なお家のご落胤とか素性を明かせない身の人物なんではないかと
周囲に居合わせた女性らが勝手にドラマチックな憶測を立てており。
“確かに多少はドラマチックなお人じゃあありますが、
日常は至ってはた迷惑な問題人物さんですけどね。”
巨悪の魔手に怯みもしないで即妙な策を立て、
どんなに狡猾な手合いへも果敢に立ち向かう遊撃型の知将で、
これまでにもどれほど颯爽と活躍して来たことかを知ってはいる。
ただ、それへの相殺か何でもない時ほど極端にグダグダなお人でもあって、
いきなり団体行動から外れたのを追っていた敦くんとしては、
いちいち言ってやることもなかろう補填事項を胸の内にて転がしつつ、
「白衣の方が目立たなかったかもでしょうに。」
何せ今宵はハロウィン。
血糊付きの物騒なコスプレに、医者や看護師はうってつけだからか、
周辺をざっと見回した範囲だけでも
医者だか科学者だかも曖昧な何人もの似非医師もどきがちらほらと。
探す側としては助かりましたけどと敦が言えば、
途端にぎゅむと いかにも不快ですと言わんばかりの渋面作って眉を寄せ、
「そんな趣味の悪い恰好なんてするものか。
仕事でもない限り、白衣なんて着るわけないというものだよ。」
何たってあのマフィアの首領、森鴎外氏の表向きの肩書は医者だ。
育ての親であるらしい人物ながら、
そりゃあ忌み嫌ってる存在のコスプレしてどうするのと言いたい太宰であるらしく。
「ドクハラしまくって評判落とすってのも手かもしれないけど。」
と物騒なことを言い足すくらいに “医師”自体へは何かしら抱えておいでの先達らしく。
そこまでの事情は知らない敦には 誰を差しているのかが判りにくい問答だったが、
術衣の下、見える範囲の首や腕へも相変わらずの包帯ぐるぐる巻き、
医師なのか患者なのか判りにくいのもいつもの通りな先輩様へ
そもそも勝手に逐電した身でなんですよと もうもうもうと膨れたものの、
「まあまあ、そんな膨れんな、敦。」
探偵社の同僚という身内からまで呆れられている困ったさんという構図に、
やや持ち直したらしい中也が、ふふんと鼻先で笑いつつ、
「此奴が真っ当に仕事する方が街には災難かもしれん。槍とか降ってきたら面倒だからな。」
どこから取り出したものなやら、
ぎゅぎゅうッと細く絞ってあるのでステッキに見えなくもない紳士用の傘を、
槍というより竹刀のようにひょいと振って見せた帽子屋中也へ、
その切っ先を差し向けられた側はと言えば、
「マッドハッターが剣士だったなんて設定は聞いたことないけどね。」
そちらはそちらで、何でそんなものを装備していたものなやら、
スライド式のアンテナペンを、自身の体の前で左右へ差し渡す格好 シャコンと引き伸ばし、
受けて立つよという構えになる外科医もどきの太宰だったりし。
半分ほどは周囲の空気に合わせたお遊びモードだなと、彼らのおふざけに巻き込まれた格好の敦がやれやれと失笑し、
話の流れに着いてけないか、ポカンとしている少女が小さな手で襯衣の袖へと掴まって来たのへ
ああ、ごめんねお母さんを探そうねと愛想笑いを懸命に向けておれば、
「そういや敦くんは何の仮装するつもりだったんだい?」
「普段着のままなんてどうしたよって思って、俺も声掛けたんだがな。」
お仲間ほっぽり出して いち早く姿をくらましといて訊きますか?な太宰といい、
予定が無いなら今からウチへ引っ張ってって
あれもこれもと着せ替える衣装合わせになっても全然OKな雰囲気満々な中也といい。
自分だけ“現実へ逃避する”のは許さぬと言いたいか、
小芝居は早々に引っ込めて声をかけてくる辺りが何とも面倒くさい人たちで。
“そしてそして、
そういう魂胆とか透かし見えるほどお付き合い深めてるボクってことかな?”
何でそういうところは呼吸が合うんですよと、
おふざけへのお付き合いは続くらしいのへ嫌な予感も覚えつつ、
それでも素直で生真面目な虎の少年、訊かれれば答えるのが礼儀と思うのか、
そこは大人しく自分の事情を吐露することとする。
「衣装は持ち出せなかったんですが。」
小脇に抱えていた上着のなかに丸め込んでいたらしいものをごそごそと探り当てて引っ張り出し、
「賢治くんからこれをもらったんですよ、
吸血鬼コスプレを予定してたんで、だったらこのオーナメントあげますって。」
じゃじゃーんと二人に見せびらかすようにぶら下げたものがある。
何ならコスプレはこれで充分とでも言いたいか、いやに誇らしげな笑みでもあって、
「当の賢治くんは大きなボルトのカチューシャつけてフランケンシュタインになってましたが。」
つぎはぎ柄のジャケットを羽織っても光属性の笑顔の威力は消せぬ、
そりゃあ朗らかな “とんでも魔人”になってましたよとニコニコと付け足せば。
そういう事情が何とはなく構図となって容易に浮かんだらしい旧双黒のお二人、
それは判ったがと依然として虎の耳と尻尾付きの少年を見遣ると、
「吸血鬼ねぇ。」
「…可愛いとは思うけど、何で弱点を身につける?」
まだ普段のいでたちのまんま、しかも魔物というなら狼男の方に近かろう
ケモ耳とゆらんゆらんと時々遊ぶ尻尾をくっつけた敦少年。
麻縄で上手に括って房のように束ねられた、
随分と肥えた、大きなニンニク1ダースほどをその手から提げている図は、
どう見たって吸血鬼というより、
この後にやって来る“感謝祭”の品評会へ収穫を持ってきた素朴な少年風であり。
「え? 吸血鬼って言えばこれじゃあないんですか?」
そこまでは知ってたものか、なのに不思議がられるのは心外か。
淡紫と琥珀の瞳を違和感へ真ん丸くするところが、あああ可愛いとマッドハッターさんが悶えかかったお隣で、
太宰医師がひょいと肩をすくめて見せた。
「うんうん。だから、弱点ならしいのだよ、それ。」
割と読書家だが、意外なものを すこ〜んッと知らない子。
日光や十字架や銀の弾丸と並んで、どういう理屈なのかそれも苦手とされているということ、
まるっきり知らなかった敦だったらしく。
「え〜、血を吸う存在だから滋養が付くこれは好物なのかと。」
「誰 情報なんだね、それ。」
微妙な裏付け付きとは おふざけじゃあなくの本気で信じ込んでたらしい敦くん、
自分の手にあるそれを見下ろし、そうなんですか?とキョトンとしている傍らで
それを見た途端、迷子のお嬢ちゃんがひぃいッと妙な声を上げ、虎のお兄ちゃんの傍らから飛び退る。
「え?」
「おや。」
居合わせたお兄さんたちの腰辺りもないという身長の、
まだ学齢前くらいの幼さ、物の道理も判ってなかろうくらいの見栄えだったのが。
先程までの覚束ない所作はどこへやら、
それは俊敏な跳躍で後背へと跳ねて逃げ、
やや前かがみになって双眸はカッと眦が裂けそうなほどに大きく見開いている変わりよう。
風もないのに髪が肩口から浮き上がってもいて、
チュール素材のふんわりしたドレス姿なので、悪魔付きの少女のような趣さえあったが、
「敦くん同様に、動物系の異能ってところかな?」
「まさかに本物の妖異(あやかし)ってことはねぇだろうからな。」
「はははは、はい?」
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